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近代、日本の発達ほど、世界を驚かしたものはない。
1003 名も無き筑波大生 :2003/05/29(木) 23:46
6、当時の南京では実際にどういうことがあったのですか。

戦争で多くの兵士が戦死しました。また、軍服を着ていなかった中国兵の中には逮捕 後に処刑された人もいました。

東京裁判の時に中国側から南京虐殺の最も重要な証拠として埋葬記録が提出されました が、その記録では女性や子供の遺体は0.3%にすぎません。そして死体の収容場所の ほとんどが城外の激戦のあった場所でした。これは死者は兵士の戦死者であって、民間 人の被害は少なかったという事実を裏づけてます。

また、中国軍の兵士は戦闘に負けると軍服を民間人の服に着替えて南京市内の安全区に 入ったので、日本軍は彼らを逮捕しその一部を処刑しました。これは当時の国際法でも 問題ありません。軍人が戦闘地域で軍服を着ないで逮捕されたら捕虜になる権利はな く、処刑されても文句は言えないのです。

なぜなら軍人が軍服を着ずに行動すれば民間人と兵士との区別がつかなくなり、結局は 民間人がむやみに殺される結果を招くことになるからです。彼らを逮捕するために日本 軍は歩兵第七連隊という部隊が4日間だけ昼間に安全区の捜索をしました。安全区内の 捜索は将校の指揮の下にまとまって行なわれ、兵隊や下士官が独自に行動することは許 されませんでした。

その他には、南京市の郊外の幕府山というところで捕虜を護送する途中に暴動が起り数 多くの捕虜と少数の警備の日本兵が死ぬという事件などもありました。


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過去ログビューア 2006/03/12
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